hatena-diary_20060723

[サーバ稼働状態]

そういえば、昨日からサーバに接続できなくなっています。このところずっと快調だったんですけど、またADSLのモデムかルターにエラーが起きたのかもしれません。最新情報である「告訴状(途中)」も読めなくなっています。
 私の公開情報は、もともと異例のスタイルで、理解も出来にくいものでしたが、今回のは特に異例かつ長文になっています。従いまして、これも機会にしばらくサーバの方は、そのままにしておき、ご紹介した書面の意義、目的などのご説明を先にしておきたいと考えました。
 これまでもちょくちょくあったことですが、サーバ本体と言うより、他の通信機器に問題が起きているような感じです。これは、機器と言うよりNTTのサービス自体により問題が起こっている可能性が高いのですが、頻度は少なくなっています。
 なんか不思議と眠くならないのですが、早めに休もうと考えています。テレビもつけていません。

[日記]今日これからの予定

 11時15分頃に起きました。予定通りこれから説明のエントリを作成するところです。夕方には、一度買い物に出掛けるつもりでいます。今の仕事は、9時から20時までで、この時間で終わると、24時間営業の大きなスーパにしかいけないのですが、どうもこの店の青果物は新鮮とは思えず、肉類はもっと質がよくありません。貧乏人のためのスーパのようなところで、全体的に安物が多いのですが、いつも同じものばかり見ていると、あまり買う気も起こりません。
 そこで別のスーパに行き、少し買い物をしておきたいと考えました。こちらは特売品と割高なものが混在している店ですが、野菜も割と新鮮で、肉類の質もまずまずです。
 以前はまともな買い物などしなかったというか、スーパのレジに並ぶこと自体、格好悪くて嫌だったのですが、パチスロのお陰で、このあたりも生活スタイルが変化しました。
 恥知らずになったのかもしれないのですが、半額品など平気で買えるようになりました。
 買い物に出掛ける前に、一度エントリを投稿します。

[告訴事件]「告訴状(途中)」とマルチポストについて

 細かく書いているととても長くなってしまいそうで、時間も掛かるので、要点をかいつまんだ感じで今回は書いておきたいと思います。
 まずコメントのマルチポストのことですが、これは告訴状を書き上げた直後、2時間ほどの間に行いました。いい加減なようで申し訳ないのですが、だいたい30件から50件ぐらいのブログに書き込みました。確かgooのブログではなかったかと思うのですが、秋田の事件に関するエントリを集めたサイトのリンク先に書き込んだものがほとんどです。
 次に告訴状の意義ですが、本当は(途中)ではなく、そのまま金沢地方検察庁に郵送するつもりでいたものです。それがプリンタのインク切れで、急遽気が変わり、初めにサーバの方から20件ほどの新聞社にご案内のメールを送信し、そのあと710件ほどの送信リストにも送信しました。このリストには先の新聞社も含まれているかと思います。
 この送信リストは2003年の8月頃600件程度から初めてもので、100件以上の送信先から断りを受けたものをその都度、削除し、去年の夏か秋ぐらいからは、およそ200件ほどの国会議員の先生方のアドレスを追加したものです。
 このあたりの説明もこれまで何度か行っているのですが、当の私自身、いつどこでどのように書いたのか把握できていない状態です。
 いずれも一方的なかたちで、十分な説明もせずに行ってきたので、戸惑いを与えたり、少しトラブルになるようなこともありました。
 このあたりも私のパーソナリティ、もしくは社会性の欠如として受け取られたことが多いのかもしれません。迷惑メールと言われたことも度々です。
 私は目的も意義、必要性も明確には定義してきませんでした。本来かたちのはっきりしないものを無理にかたちにすれば、かえっておかしなことになってしまうと考えたためです。
 それでも初めに明確にし、最優先した目的は、期待通りの成果を上げることが出来たようです。それは自分自身の身の安全を図ることと、二次的な犯罪被害の発生を食い止めることでした。
 このあたりも秋田の事件は参考になるかと思います。この事件についても私は特別詳しいわけではありません。テレビをつけていてたまたま観たものがほとんどです。マスコミを通じて得た情報を材料として、自分なりの見方もしていましたが、大方予想通りの方向に進んでおり、それは私だけでなく、大方の一致するところかと思います。
 余り詳しい事実関係は知らないのですが、要するに被疑者が持て余した自分の娘を殺害し、捜査を攪乱する一手段として、別の家の子供まで殺害したという事件のようです。
 余り性急かつストレートに被疑者を追い詰めると、このような二次的事件に繋がりうることも当初から念頭に置いていました。
 初めにネットで情報を公開したのは2003年の8月10日頃のことでした。公開自体はその前からやっていたのですが、多数のメールを送信し、ご案内をするようになったのが、この時期です。
 今サーバは繋がらない状態ですが、
http://www.yahoo.co.jp/
のヤフーのサイトで、「求意見書」とキーワードをいれれば、見つけることが出来ると思います。先程試したところ、1位になっていました。その記事の「キャッシュ」という部分をクリックすれば、いつでもご覧頂けるかと思います。
 あとでその「求意見書」の補足説明のようなことも行って行く予定でいます。もう3年以上前に作成したことになるようです。短いような長いような3年間です。
 対象の問題自体が、14年半ほど経過しているものですし、公開を始めてからも3年ほど経過していることになります。初めて触れた人も半数になるかもしれません。もう一つの大きな節目は、昨年(2005年)の11月頃から、ブログでの情報発信を始めたことです。
 どうしてこんなに時間がかかったのか、疑問の出ることもあると考えました。情報というのは、時間を区切りに意味や価値が大きく変化しうるものだと私は考えています。その多くは、自分自身の経験から意識するようになったことです。
 普通の社会生活とはテンポも感覚も大きく異なることかと思います。拘置所の生活自体、普通の生活とは違っていて、悪癖が身に付いたようなところと、ある種の境地を超えることが出来たようなところがあるかと思っています。
 次に、告訴状という手続きのことを説明します。
 これは以前、告訴状という方法でやったいたものと実質はまったく同じ事実を対象にしています。2004年から2005年にかけ、5回ぐらい告発状を作成し、提出するとともに内容をネットで公開してきました。
 初めの告発状は、私自身正確な日付を現在把握していませんし、内容も個別には、把握しておりません。最後になった告発状は、2005年11月2日付のものでした。
 その時もだいたい2,3週間で金沢地方検察庁から返事が郵送されたのですが、この時は、「告訴状として受理できません」と書いてありました。
 告発を告訴と間違って記載したとは、考えにくいところです。刑務所の官や検察の私に対する対応というのは、これまでもだいたいこんな感じのものでした。
 誘導、示唆とも言えそうですが、私には辟易して嫌気がさす部分もあったのです。具体的にはっきりと指示を出してくれた方が、考える方もずいぶんと楽です。まあ、このような鍛錬を受けてきたことも今の自分に繋がり、強化されたような思いは持っています。
 検察の目的というのも、私には完全に理解できてはいません。説明もありません。
 「上記の点に留意して、具体的な犯罪事実を明らかにして下さい。」
 というのが、これまでのお決まりの一貫したパターンです。捜査権限もない個人に、どこまで犯罪事実を明らかに出来るものか、まずそれ自体も疑問でした。正直なところ、面倒な問題を押し付けられているという反発心がありました。

 先にご紹介した2003年の「求意見書」にも書いてありますが、当時検察は直接動こうとしませんでした。転送先というか振り向けた先は金沢地方裁判所でした。手続きというか口実は「再審請求」でした。
 これもそれが初めではなく、再審請求は平成6年頃から繰り返しやってきたことです。
 私の想像ですが、検察が直接裁判所の方に、私を振り向けたのは、公正さの保証とともに令状請求の資料にするため、のように思われます。
 令状といいましても、逮捕状や勾留請求ばかりでなく、盗聴などのきわどい捜査に使われていたのかもしれません。あるいは必要性を想定した上での、ことです。
 もう10年以上経過しており、いつまで同じことを繰り返しやらせるのだという不満もあり、とにかく司法というのか大きな存在が、悪くいえば自分を利用する目的、利用価値を見抜き、出来るだけ短時間に済ませてしまおうと考えたのです。
 このあたりは私の仕事に対する取組姿勢にも共通した点があると思います。
 そのことも含め、「告訴状(途中)」では仕事のことも書きました。それだけではない、長引いた生活上の不安や疑問点についても、予め書いておきました。不利益を招くことも予想しましたし、迷いもあってさらに長引かせてしまいました。
 無関係の記載が多すぎるという、ご指摘も当ブログなどで頂いておりますが、全体を含め長期的に見て、そのようなスタイルになったのです。
 生き馬の目を抜くというのも大袈裟かもしれませんが、巷に情報も溢れています。「読むだけ無駄」というコメントもありました。その人の納得を得て、価値を示すのに、20年以上に渡る事実を、簡潔な文章で現すことなど、初めから無理だという思いもありました。
 私はこれまで、情報を発信しながらも、基本的に受けの姿勢に重点を置いていたように思います。ところが、現状のように先にはほとんど進めませんでした。このあたりの事情も具体的資料を交えて、「告訴状(途中)」には書いておきました。
 余り長くなってもなんですので、いったんここで締めくくっておこうと思います。他のことをしながら、今一度、頭の方も整理したいと思います。時刻は15時45分です。

[日記]エントリが流れて行く

 このようなかたちで、エントリを追加しているとブログ内の「最新のタイトル」が溢れて行きます。どうも8件しか表示されないようです。
 なんか、16時過ぎからこのブログへのアクセスがほとんど止まっています。アクセスログ自体が私にはあてにならないものになっているのかもしれません。
 今日久しぶりに4件ほどトラックバックを送信しました。そのうち2件は同じ「はてな」のブログでしたが、トラックバックの送信が反映されていません。
http://azarashi.exblog.jp/2899411/
の方には、トラックバックが入っていました。もう一つは確認していません。他にも調べものをしながら次々ブラウザのウィンドウやタグを開いていたら、分からなくなってしまいました。

 それと午後になって、サーバに接続できるようにしたところ、繋がらなかったのは私だけだったのかもしれません。その他のログはしっかり記録され、落ちた形跡もありませんでした。
 少なくとも昨日一日と、今日の午前中は私の方からまったく繋がりませんでした。サーバは遠隔地から遠隔操作していることがほとんどで、Webを見るのも、外部から見るのと同じ条件になります。
 両方ともnskという地方のプロバイダですが、以前石川県警察本部のホームページも掲載されていたようなプロバイダです。その後、県警は独自にドメインを取得したようです。もう2年以上は経過していると思います。

 サーバについてはsshの遠隔操作で、次のようなコマンドを実行してみました。
================================================================
BSD_(~)# (コマンド名秘匿).sh | grep '23/Jul/2006:' | perl -pe 's/^([^ ]*)/xxx秘匿IPxxx/g'

head -1

xxx秘匿IPxxx - - [23/Jul/2006:00:25:06 +0900] "GET /2006/data/kokusojyou2006_b
log.html HTTP/1.1" 200 326977 "-" "Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.1; ja;
rv:1.8.0.4) Gecko/20060508 Firefox/1.5.0.4"
BSD_(~)# (コマンド名秘匿).sh | grep '22/Jul/2006:' | perl -pe 's/^([^ ]*)/xxx秘匿IPxxx/g'

tail -1

xxx秘匿IPxxx - - [22/Jul/2006:23:39:35 +0900] "POST /cgi-bin/bbs2/light.cgi HT
TP/1.1" 200 645 "http://www.hirono-h.net/cgi-bin/bbs2/light.cgi" "User-Agent: Mo
zilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1)"
================================================================
 一回目のコマンドは、今日のログの初めのアクセスを一件表示しています。
 2回目のコマンドは、昨日22日の一番最後のものです。

 買い物にはまだ出掛けていません。冷蔵庫に昨日賞味期限の切れたエビ餃子を発見したので、行かないで済ませようかと考えたのですが、明日以降の食材の買い置きも考え思案中です。

 あとサーバのログを見ていたら、次のブログに取り上げられていることを知りました。
http://d.hatena.ne.jp/annnnnnna/20060720/1153362832
 ちょっと調べてみたところ、33件ほどリンクで、サーバの方にアクセスがあったようです。調べると言っても自分のサーバなので、何でも簡単に出来てしまいます。次のような感じです。
BSD_(~)# (コマンド名秘匿).sh | grep 'http://d.hatena.ne.jp/annnnnnna/'|wc -l
33
 wcコマンドにlオプションをつけていますが、これはよく使われる方法の一つです。行数をカウントしてくれます。通常はファイルの行数ですが、コマンドの結果出力をパイプで繋いでいるので、コマンドの処理結果の行数が最終結果として表示されています。

 金沢刑務所でのことを書いてありました。トラックバックを送信したのですが、反映されていませんでした。金沢刑務所でのことは、あとあと誤解や混乱が出ることも予想していますので、早めに書いておこうと考えています。
 とりあえず、「配達人」という映画でも観れば、官がどのようなことをし、またどのようなことが出来るのか、よくおわかり頂けると思います。1年半ぶりぐらいに、そのタイトルの映画をネットで調べてみたのですが、情報がほとんど集まりませんでした。
 何とか収集できたのは、次のホームページぐらいです。もうビデオを探して観るのも相当難しく、時間がかかるかもしれません。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=85233
http://www.cs-tv.net/t/D000000/&movie_id=A0000528

 他にどんなことがあったのは、今は一つだけご紹介しておきます。
 私が金沢刑務所の第5工場にいたのは、平成12年の11月の初めから翌平成13年の12月20日すぎまでの間です。
 その平成13年の9月の下旬頃のことです。ちょうどこれは、舎房着が半ズボンから普通のズボンに替わったのと同じ頃でした。それだけ涼しくなってきたという時期のことです。
 食堂で担当職員から、日用品の購入品目が追加されたと告知がありました。
 品目は、シッカロールとかいう聞いたことのない物でしたが、つまりベビーパウダーのことのようです。汗疹防止に使うもので、ご存じかと思います。私が子供の頃はポンポンとも呼ばれていました。
 少し前まで、アパートに刑務所で購入した現物がありました。今、ちょっとだけ探してみましたが、見つかりませんでした。
 見つかれば、gooのブログ(現代司法の問題点)の方で、デジカメで写した現物を公開しようかと考えています。
 これも官の側での利益供与の一つかと思われますが、その時期が、意味深なものでした。
 官のやることの多くは、こんな感じでした。
 あと一番多かったのが、テレビ視聴や映画鑑賞での意味ありな映画の放映でした。このあたりの説明は、少々長くなってしまいますので、あとにさせて頂きます。
 前の私の情報発信に目を通している方はご存じのはずですが、相変わらず、レンタルビデオの会員証は持っておらず、映画を観ることもほとんどありません。今年に入ってからは一本も観ていないと思います。
 映画自体詳しくないのではっきりしたことは分からないのですが、「メインブラック」という洋画もありました。2というものもあるようですが、このあたりも私にはよく分からないのです。
 これはけっこう人気が出て、有名になった映画のはずです。とにかく、初めの場面で、メキシコだったからの越境侵入のようなものがありました。
 あと教育目的のはずの視聴で、「アンタッチャブル」というアメリカのギャング映画も放映されていました。アルカポネの物語です。これを観れば、私の見方が、あながち的はずれでもないと言うことがおわかり頂けるかと思います。
 こちらは次のように、情報も簡単に見つかりました。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD642/

 刑務所では、楽勝な天国モードのような生活のことを「マンガ」と呼んでいました。私がいた頃の向上の生活は、その絶頂期だったようです。数年前までは、規律が厳しく、不自由な生活だったとも聞いていました。
 刑務所で宣伝をすることで、市場急配センターの連中に関する情報を集めやすくするという目的もあったように思われます。仮釈放の方も大盤振舞のような状態だったようです。私自身は、その対象から外され、仮面接すらありませんでした。

 実際の仮釈法制度についても知っている人は少ないかと思います。簡単に言えば、仮面(かりめん)こと仮面接、ホンメンこと本面接のあと、釈前教育に移されます。
 釈前に入ると工場から別のところに移されます。福井刑務所では「復帰寮」、金沢刑務所では、わすれました。どちらかに「新生寮」というものあったかもしれません。あるいは逆であったのか、いずれにせよ、記憶がはっきりしません。
 釈前への移行は、工場内での呼び出しで行われます。その時点で、2週間後には晴れて社会に戻れることが確定するのです。問題を起こさない限りですが。それだけ、注目も集めていました。
 意外なことに、仮釈の関心は再犯刑務所の方が高いぐらいでした。もともと福井刑務所のような初犯刑務所は、仮釈が当たり前になっています。
 私はどちらでも仮釈がもらえず、満期出所でした。それだけでも注目を集められる立場に置かれていたのです。
 しかし、ネット同様、私の事件について実質を深く考え、質問をする人はほとんどいませんでした。

 やはりちょっと買い物に行っておこうと思います。 19時18分。